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般若堂寫眞舘

オリジナル。近代っぽいファンタジー。

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03:道の分岐




【道の分岐】



古い御影石の道標があった。そこかしこが欠けて、時間の経過と丸味を帯びている。
その根元で、青いリボンに金の小さな鈴をつけた猫が、けだるそうにあくびをした。

「あんた、ついに飼い猫になったのかい」

チリン、と鈴を鳴らして、彼は顔をあげた。
彼に声をかけた中年の女は、しゃがんでこの人懐っこい猫の頭をくりくりと撫でる。

「飼っているわけではありませんが」

背後で声がしたので、彼女は振り返った。
すっぺりとした白い顔の男は、少し離れたところから彼女と彼をにこにこして眺めている。

「この鈴、あんたがつけたの?」
「店でイタズラをするので、入ってきたのに気づくようにしたのです」
「ふうん」

彼女は脛を払って立ち上がると、

「あんた、お店やってるの」

訊いた。

「しがない写真館です」
「写真師さんかい」
「ええ」
「ふうん」

彼女は笑いながら、写真師の横を風のように通り抜けていった。

「その猫ね、ユキってんだ。雪みたいに真っ白だろ。小っちゃい子猫のとき、あたしが飼ってたんだ」

彼女は、ふと立ち止まって振り返る。

「でもね、ちょいと訳ありでね、野良になっちまったんだよ」

足元の石を蹴って、彼女は呟いた。

「けど、あんたが面倒見てくれてるんなら安心したよ」

夕焼けを顔中で受けて、彼女は朗らかに笑った。
夕陽がとろけるように、空に滲んでいく。
道標の長い長い影から彼女の足が抜け切ったとき、そこには彼女と入れ違いに、深い静寂が訪れた。

「辻とは、不思議なものです」

写真師はぽつりと呟く。

「分れ道の先がどこに繋がっているのか、あなたは知っていますか」

ユキと呼ばれた猫に近づくと、彼は懐からニボシの袋を取り出して、ぱらぱらと地面に中身を撒いた。
ユキがそれをついばむ。カリカリと乾いた音がした。

「辻に死人を捨てた時代がありました。そこが分れ道だからです」

ニボシに夢中の頭頂部を見つめながら、彼は微笑む。

「あなたは、どちらに帰りますか」

袋をしまって、写真師は立ち上がった。
ユキが顔をあげる。喉元で、チリン、と軽やかな音がした。



「今日は、あの猫来てないんだ」

次の朝、写真師の男が店先に水を打っていると、そこを通りかかった書生が声をかけた。

「彼は天下が寝床ですから」
「俺の家にも、お袋が小さい頃からずっと飼ってた猫がいたんだけどさ、お袋が死んだ途端にどこかへ行っちまったよ。猫ってのはそういうモンなのかな」

書生はそう笑うと、下駄をガラガラ鳴らして行ってしまった。

「……長生きは、するものですか」

写真師は、手桶を下げて店内に戻ると、中で団扇をいじっていた老翁に言った。

「さてね。天下が寝床の俺様にゃあ、辻も住まいもないからの」

雪のような白髯を撫でつけて、老翁はおかしそうに笑った。




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