【老婆の人形】
一体いつから使われなくなったのか、とにかく古い古い籐椅子があった。
こげ茶色に薄い光を含んでほこりをかぶったその椅子を抱え上げ、店主は細い目を一層細めて笑った。
「ようやく、あなたに見合う人が来ました」
絹のカーテンを広げた壁の前にその籐椅子を据えると、店主はその椅子に座るべき客を迎えに部屋を出た。
ややあって大きな木箱を抱えて戻ってきた彼は、それを静かにテーブルの上に置くと、そっと蓋を外した。
金の髪に碧い瞳。
薄い桃色のくちびるは、微かな笑みを含んでいる。
緋羅紗のドレスから出た小さな白い指はまあるく握られて、かつて何かを持っていたことを偲ばせた。
「可愛らしいお客さま」
そのセルロイドの少女を箱から抱き上げると、店主はにっこり笑って籐椅子に座らせた。
少女の持ち主は、上品そうな老婆だった。
古い木箱を抱えて現れた老婆は、店主に
「この子の魂を、盗れますか」
ということばとともに、少女を託して店を去った。
籐椅子に腰かけた少女を眺めて、店主は満足気に頷く。
「とてもよくお似合いだ」
そうして、撮影の準備を始める。
魂を持たない人形が、それが故に《死》から生まれたものだとするならば、その存在すらも不確かなもの。
なぜなら、《死》はこの世の概念から外れた価値だから。
それでも、このセルロイドの少女が老婆に長い年月大切にされて、そうして傷んで、持っていた花籠すら失ったというのならば、それほどまでに彼女が老婆から愛情を受けてきたのならば、その愛によって彼女の存在は確立される。
そしてまた、彼女の存在を確立する愛情の主体がその老婆であるならば、きっとこの暗箱は、老婆の魂を撮るだろう。
老婆の問いにそう答えた彼は、少女を抱いて彼女を見送った。
バチン、と刹那の閃光が上がったとき、少女は籐椅子の上で碧い瞳を輝かせた。
雲一つなく空の晴れ渡ったある日、店主は小さな紙包みを持って店を出た。
町のはずれの寺の奥に、真新しい御影石が建っている。
その前で彼は包みを解くと、中から金で縁取られた木製の枠に囲われた一枚の写真を取り出して、そっと石の横に立てた。
籐椅子に腰かけた小さな少女が写っている。
まあるく握った手に花籠を提げた少女は、こちらを向いて小さなくちびるで微笑んでいた。
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